劇団深想逢嘘ホームページ

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劇団紹介

●劇団深想逢嘘とは?

平成12年(2000年)7月、当時北海学園大学の学生であり、役者としても活動していた城谷歩が中心となり総勢17名のメンバーで劇団結成、旗揚げ。

札幌市内の劇場で年間およそ1〜2回のペースで公演を行う。様々な時空が交差し合う入れコ式の作風や、独特な科白表現、速度感のある大胆な演技法に定評がある。基本的に全作オリジナルの創作だが、宮沢賢治、芥川龍之介、川端康成等の文学を下敷きにした作品作りにも力を入れている。

主たる公演(本公演)は1時間半〜2時間程度の長編だが、タッチの異なる1時間前後の短いプログラムの公演も行っている。

●「深想逢嘘」名称の由来とエピソード

深想逢嘘は本来、決して「ウタタネ」とは読みません。完全な当て字です。1999年ですので今からもう7年前になります当時、劇団を立ち揚げようと思い、仲間を集い、企画を立てておりました時、さて、ではどうした名称を看板に掲げようかと思案しておりました。それ以前にもお芝居の集団を結成して活動した事はありましたが、かつて知ったる仲間とかつて知ったる土地で、何かあってもきっと先輩が助けて呉れるであろうと云う安心感の中、更にユニットと云う組織体系の安堵感に包まれてと云う条件下でしたので、大分心軽く看板を掲げられたのですが、今回は初めての土地、未経験者ばかり、そして1回、2回で終わってしまわず、長きに渡って活動を展開していく劇団と云う組織の旗を掲げねばならないと云う重圧感もあり、なかなか簡単に結論へつながらずにおりまして、先づ、自分の考える舞台演劇とはどの様な物であり、どの様な理念と目標を据えて進むべきかを模索し、その信念を貫き決意を曇らせる事のない様な、そんな名前をつける事に致しました。

「舞台演劇とは或種の仮想現実、即ち虚(嘘)像の世界である。そしてその世界は、観手にとっては時に日常の現実感より現実的であり、その瞬間、嘘が真と成り代わる物でなければならない。とすると、その真、嘘の変移を想像する劇団とは、深く現実と対峙し、肉体的にも精神的にもあます所なく探求の視野を広げ、好奇心に基づく行動、表現力によって、真、嘘の実を知り、知った上で尚、その具現化に尽力し、イチ早く真実の嘘に出会い、その出会いを又、観手に提供する集団でなければならない。五感の全霊は勿論の事、創手に於いては実体の無い想いを如何に注視し内在させるかと云う点について軽視する事なく取り組み、それが仮想世界に息吹きをこめる重要な任務である事を忘れてはならないものである。」

この考えを簡略表現したのが

「想い深くして(真実の)嘘(虚)に出逢う」

で、これでは劇団名じゃなく文になるので、各々より1字ずつ取って

「想深嘘逢」

漢字4文字=漢文=レ点。で、ちょっと細工して

「深想逢嘘」

と先づ、ロゴが生まれた訳です。ところがこれをそのまま読むと、「シンソウホウキョ」。何が何だかサッパリな上に可愛くなく言いづらい。そこで再び思案投げ首になりました所、隣りで一緒に考えていた、当劇団の三上が「ウタタネ」と当ててみては?と云うのです。現実でも夢でもない、強いて云うなればその間に存在し得うる仮想世界の現実観とは、完全な眠りに落ちる手前まどろみに浮かぶ転寝の心地良さに似ていると云うのです。そこで、開眼。可愛い響きな上に的を射ていると即決となりまして、「深想逢嘘」=「ウタタネ」となりました次第です。ですので、決して、「転寝し乍ら、芝居を創る」とか「転寝出来る静かな芝居」と云う意味ではございません。物によってはとてもハードだったり、闊達であったり、滑稽であったりと様々であります。久し振りに19歳の頃の一場面を振り返りました。札幌地下街、当時「オーロラタウン」にあった「オーロラ広場」で、知識も経験も金も無く、今程に支えて下さるお客様もいなかった頃、不安と希望とに胸を膨らませ、三上と二人、ホームレスのおじさんが、煙草を吹かしている横で未だ見ぬ明日の夢を描き乍ら「深想逢嘘(ウタタネ)」は産声を上げました。結成からおよそ7年、旗揚げ公演より早6年、幾度かのメンバーチェンジを繰り返し乍らもお陰様で本日迄活動を続けて参りました。これからも深想逢嘘は走り続けます。どこまでも。


2006年 5月 城谷 歩